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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)868号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人小林直人上告趣意について。

舊刑訴第七編の規定する略式手續は、區裁判所(簡易裁判所)の管轄に屬する事件について、公判前略式命令を以て、罰金又は科料を科する簡易訴訟手續である。すなわち裁判所は檢察官から公訴の提起に附帶して略式命令の請求を受けたときは、公判を開くことなく從って被告人その他の訴訟關係人の召喚、口頭辯論、證據調等をなすことなく、專ら書類又は證據物によって(勿論憲法三八條三項の規定を考慮して)公訴に係る犯罪事実の取調をなし(舊刑訴四八條四項、新刑訴四三條三項、並びに刑訴規則二八九條二九三條參照)該事実の肯定し得る限りその科刑及び沒收その他の附隨處分を判斷し、その罪となるべき事実、適用した法令、科刑及び附隨の處分、並びに正式裁判を請求し得る旨の記載をなして略式命令を発し、その謄本を被告人に送達又は交付して、これを告知する一連の手續をいうのである。そして裁判所は、檢察官から略式命令の請求を受けても、その事件略式命令をなすことができないものであるか又はこれをなすことが相當でないと思料するときは、通常の手續規定に從い審判し得るのであって、毫も檢察官の請求に拘束されるものではない。また被告人は、略式命令の告知があった日から七日以内に正式裁判の請求をして通常の規定に從い審判を求めることができるのであり、この場合においては裁判所は略式命令に拘束されるものではなく、又正式裁判の請求により判決をしたときは略式命令は、その効力を失うものであるから、この命令は被告人の自由意思による正式裁判の請求に基ずき通常の手續において判決のなされることを解除條件とする裁判に外ならないのである。それ故被告人が迅速な公開裁判を受ける權利を行使しようと思えば略式命令の告知があったときから直ちに正式裁判の請求をすれば事足りるのであり、むろん資格を有する辯護人を依頼しようと思えば何時でも附することを妨ぐるものではない。たゞ法律は、被告人が正式裁判の請求をしないで期間を經過し又はその請求の取下をしたとき等の場合においては、略式命令に確定判決と同一の効果を認め、これに執行力及び既判力を附與するに過ぎないのである。されば略式手續は、對審判決の公開に關する憲法八二條の適用を受けるものではなく、また、同法三七條所定の被告人の迅速な公開裁判を受ける權利、證人を求め若しくは訊問する權利又は辯護人を依頼する權利等を害するものでもなく、また、もとより被告人の自白に關する同法三八條三項に觸れるものでもない。しかのみならず口頭辯論に基く通常の判決手續においても罰金以下の刑(新刑訴においては五千圓以下の罰金又は科料)にあたる事件については、被告人は特に裁判所の出頭命令がない限り、自ら公判に出頭することを要するものではない。(舊刑訴三三一條新刑訴二八四條參照)そして、公判に出頭しないことは、被告人の側においても出頭の労力と費用とを省き且衆人環視の下に面目を失することを避け得る等の利益なしとしない。されば罰金又は科料のごとき財産刑に限りこれを科する公判前の命令手續として被告人に對しかかる利益考慮の餘地を與えると共に前示のごとき憲法上の權利の行使をも妨げない簡易手續を規定したからといって毫も憲法に違反するものではない。(昭和二三年(つ)第二號同年七月二九日大法廷決定判例集第二巻九號一一一五頁以下參照)

從ってかゝる略式命令を請求する檢察官の請求--そしてそれは前述のごとく裁判所を拘束しない--も亦た違憲でないと言わねばならぬ。さればこれらの略式命令手續規定を違憲なりとすることを前提とする所論は、その理由がない。

そして本件においては、原上告判決は必ずしも所論略式命令の手續規定を違憲であると斷定したのではなく、假りに、違憲なりとしても本件公訴の有効なることを妨げないと論じたものであって、その公訴の効力に關する説明は、すべて正當であるから原判決には所論の違法は存しない。

よって舊刑訴四四六條に從い主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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